地上波送信アンテナの諸特性

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地上波送信アンテナの諸特性

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 東京スカイツリーの地上デジタルテレビ放送は、2013年5月の放送開始から、はや8年が経過しました。本稿前半では送信アンテナの概要や構造、諸特性を説明すると共に、後半では送信アンテナの指向性合成やメンテナンスデッキの影響、冬季に設置されるネットに関する検証や保守性などに関しても詳しく紹介します。

東京スカイツリーの概要

 東京スカイツリーは、自立式電波塔として世界一の高さである634mとして建設され、取り付けられた地上デジタル放送用送信アンテナは、ゲイン塔(アンテナを取り付ける柱)の頂部付近に設置されています。在京放送事業者6社(日本放送協会(NHK)、日本テレビ放送網、テレビ朝日、TBSテレビ、テレビ東京、フジテレビション)により発注され、2010年12 月から取り付けが開始されました。

<アンテナ設備仕様>
アンテナ形式:4L双ループ4段×20面 各メディア1式(スペース共用)
耐風速:110㎧、水平面指向性:無指向性、耐震性:応答加速度3G
主給電線:CX-120D×2条給電(各メディア上下段各1条)



 東京スカイツリーのゲイン塔は高さが約140mもあり、耐風・耐震性を満足するため、断面形状は六角形で直径約6m(中心周波数540MHzとして約10波長)となっています。このため、ゲイン塔側面に取り付けるアンテナは、東京タワーと同様に多面構成としています。送信アンテナ1式あたりの高さは約10m、NHKと民放各社合わせて7メディアあるため、アンテナ中心高低差は60mにもなってしまいます。そこで、2メディアのアンテナを交互に配置してスペース共用を行うことにより半分の30mに抑えサービスエリアに差が出ないよう配慮されています。
 東京スカイツリーに設置されているアンテナの単体は、反射板とアンテナ素子部、カバーで構成されています。この単体40面を円筒の外周360°に縦向きに配置し、4段重ねたものを1ユニットとし、在京6社分を4ユニットで対応しています。
 東京スカイツリーに設置するうえで、従来のアンテナから改良された部分は500m越えという高さへの対応です。従来の高さ100~200m規模の電波塔では耐風速は75㎧でしたが、理論上、1350年に1度、吹くか吹かないかという極めて強い暴風でも耐えられるよう耐風速110㎧で設計されています。なお、諸特性の詳細については参考文献(1),(2)に詳しく述べられていますので参照してください。

東京スカイツリー建設の概要

 東京スカイツリーは、電波塔として放送・通信分野のみならず、社会・歴史・文化的な意味合いからも広がりの大きい存在です。
まず、東京スカイツリー建設の概要を説明します。東京スカイツリーの建設場所が墨田区押上に決定されるや否や、2008(平成20)年7月より約3年半の工期を掛けて2012(平成24)年2月に竣工しました。事業主体は、東武タワースカイツリー株式会社、東武鉄道株式会社です。日本の伝統美と近未来的デザインが融合し、日本古来の建築である五重塔の構造になぞられた新たな制振システム「心柱制振」が採用された東京スカイツリーの高さは634(むさし)m、自立式電波塔として世界一の高さを誇るものです(高層ビルとしてはドバイのブルジュ・ハリファ(828m)が世界一)。ゲイン塔の頂部には、地上デジタルテレビ放送用送信アンテナが合計640面設置され関東近郊に送信しています。

送信アンテナ取り付け架台とゲイン塔据え付け作業

 送信アンテナの受注元である旧日立電線(株)(現エイチ・シー・ネットワークス(株))より、アンテナ単体を円筒状に固定するための架台製作と、この架台を塔に据え付ける工事を依頼された(株)加藤電気工業所は、架台の寸法誤差を極限まで抑え、現地までの輸送でも変形しないよう細心の構造検討を行うと共に、ゲイン塔に据え付けする作業のリハーサルを何度も行い、万全の状態で臨みました。ゲイン塔はジャッキアップ方式で建設されるため、アンテナを組み込んだ架台は497mの踊り場で据え付けを行いました。ゲイン塔に架台が固定されると、時間を待たずにジャッキアップ作業が開始されるので、失敗はできず寸分の誤差も許されない非常にレベルの高い工事をやり遂げたのです。

東京スカイツリーアンテナの設計

東京スカイツリーアンテナの多面構成や指向性について詳細に述べます。

アンテナ構成
 多面構成に用いるアンテナは、ゲイン塔直径やスペース共用などの条件下でも水平面指向性の偏差が少なくできる4L双ループアンテナ素子を用いています。構成方法は、1素子収容型アンテナパネル×20面と、3素子収容型アンテナパネル×12面が考えられましたが、比較検討の結果、両者の特性上の差異はなく、メンテナンス性で有利な1素子収容型アンテナパネル×20面の多面構成を採用しています。

水平面および垂直面指向性
 東京スカイツリーの電波は全方向で偏差の少ない無指向性を得るため、直径6m程のゲイン塔側面に、1系統あたり4段×20面のアンテナを配置しています。在京5民放、NHK総合とNHK教育など8系統ありますが、各系統における放射中心高さの差を最小限にするため、図1(b)のように、A群アンテナの間に別系統であるB群アンテナを交互に配置し、1ブロックあたり4段40面、地上デジタルテレビ放送用として4ブロックで総計640面を配置しています。

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図1 アンテナ配置

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図2 単体指向性

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図3 4面合成(突き出し30cm)

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図4 4面合成(突き出し50cm)

 図1(a),(b)の送信アンテナの形状は4L双ループアンテナ(1),(2)で、アンテナ単体は、正面方向が一番強くなる指向性を持っています。図2のように、水平方向の電力半値幅は約60°、45°方向では正面より6dB下がりますが、隣接するアンテナとの電界合成により上昇し、図3の4面合成ではちょうど全方向3dB以内の偏差となる指向性を得ることができます。しかし、この場合、中心からのアンテナの突き出し量は、わずか30cm、突き出し量を多くすると図4のようにアンテナ正面と合成面の間の落ち込みが大きくなり、方向によっては十分な電界強度を得られなくなってしまいます。このため、図5のように、さらに間にアンテナを追加し、8面合成にすると直径1.2mまで配置径を広げることができます。東京スカイツリーでは図6の通り20面配置し、直径約6mのゲイン塔の側面に取り付けても無指向性を得られるように突き出し量を設定しています。



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図5 8面合成(直径1.2mに配置)

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図6 20面合成(直径約6mに配置)

 また、隣接して設置するメディア間の指向性差を少なくするために、図7のようにA群、B群のアンテナを同一方位に向けたまま、おのおの左右に数十cmオフセットさせる"左右スキューアンテナ共用システム"(特許取得済み)を採用しています。1素子収容型アンテナパネルの採用により、各使用周波数に合わせ最適な突き出し量とすることが容易になると共に、位置や方向なども、おのおの単独で調整が可能となるため、実測した指向性から位置の微調整を繰り返し行い、すべてのメディアで偏差の少ない無指向性を得ています。

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図7 左右スキューアンテナ共用システム

 垂直指向性は、都市部の電界を厚くするため、水平方向より下向きにチルトさせた指向性となっています。アンテナを垂直に取り付けたまま下向きに放射できるように、4段のアンテナに給電する電波は、振幅や位相を変えています。
図8のアンテナ4段のうち、一番上のアンテナから進み位相の電波が出て、4段目から出る電波が遅れ位相で放射されると、等位相面が図の様に下向きとなり主ビームは水平より下方向に放射されます。

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図8 下向きに電波を出す電気チルトの方法

 しかし、給電位相のみで各段の電力をすべて等しい電力で給電すると、図9の破線のように、俯角(ふかく)7~9°、16°付近に位相反転によるヌルが発生して電波の弱くなる地域が出てしまいます。各段のアンテナに給電する電力分配比を変えて2:6:3:1とすることにより落ち込みを軽減させ、遠方から距離の近い足元まで一定の電界強度が確保できる様にしています。

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図9 等電力給電時のヌル発生角度

メンテナンスデッキの影響

 送信アンテナをメンテナンスするため各ブロックには図1(b)のようにメンテナンスデッキを設けており、転落防止のための手すりも設置されています。デッキはメッシュ状の金属板で、金属棒の手すりや中桟も、水平偏波である送信波の電界と同じ向きで、足元エリアへの放射に影響する可能性が考えられたため、指向性に対するシミュレーション検討や検証も実施しました。
 図10のシミュレーションモデルで得られた結果の一例が図11です。0°~20°付近まではデッキの影響を全く受けていませんが、下向き40°付近にわずかながら1~2dB程度の変化が出ることが分かります。しかし、この角度はタワーの足元で離隔距離も少なく元々強電界であるため受信への影響は、ほとんどないことも確認できました。

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図10 メンテナンスデッキの指向性影響モデル

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図11 メンテナンスデッキの影響計算結果一例

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図12 工場における測定検証風景



 図12は、これらの影響をエイチ・シー・ネットワークス㈱の工場で測定検証している風景です。1面4段で上下のデッキと手すりも模擬して垂直方向の指向性を測定しています(写真右側が大地側) 。

ネットの電波に対する影響検証

 冬季になるとスカイツリー送信アンテナの周りにはネットが試験的に設置されています。地上が雨でも600mの高所では雪で強風となっている場合もあり、アンテナやメンテナンスデッキ、ゲイン塔にも雪が付着します。たとえ付着した雪の塊や氷が落下しても大きな塊のまま塔体の外に飛び出さないよう安全を考慮して期間限定で仮設しているのです。このネットは、特殊な超高強力ポリエチレン繊維(イザナス®1)で作られており、低温で強風が吹く真冬の環境下でも十分な性能を維持することができる材料です。
 また、軽く、吸水率も低いなど、さまざまな特徴がありますが、実際にアンテナ正面にネットを張るとなると電波にどのような影響が出るのか、また、ネットを固定するための金具の影響などは未知の領域であったため、いろいろな材質や太さをアンテナの前に設置すると共に、使用環境も模擬した実験も工場で実施したうえで選定しました。

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図13 アンテナ正面に張ったネット

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図14 ネットに水を噴霧

 図13は同工場でアンテナ正面にネットを張って減衰量を測定している風景、図14は雨や雪を想定しネットに水を噴霧している様子、図15は、実際のゲイン塔に設置されたネットです。
 上下のデッキ間に張られたワイヤに通したカラビナでネットを固定しています。デッキ上に準備したネットを一気に昇降させることができるため、数日の間に設置や撤去が行えるようになっています。
1. IZANAS®、イザナス®は東洋紡の登録商標です。

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図15 冬季限定で設置されるネット

アンテナのVSWR特性

 10k Wもの大きな電力を印加するアンテナシステムでは、VSWRが重要なファクターとなります。東京スカイツリーのアンテナ単体VSWRは使用周波数内で1.05以下に抑え、効率よく電波を放射し、送信機に戻る反射電力が最小限になる様640面のアンテナを各メディアに合わせ最適化しています。
 アナログ放送時代に広く用いられてきた双ループアンテナの素子は、φ10mmの黄銅棒を加熱しながら円環状に曲げ、素子給電部への接続には銀ロウ付けをするなど、すべて一つずつ手作業で製作されてきました。そのため微妙な加工誤差が生じ、同じ様に作ったアンテナでもVSWRには、大きなばらつきがありました。
 東京スカイツリーのアンテナは、精密板金加工用NC制御タレットパンチプレスにより黄銅板から打ち抜きや曲げ加工を行った板状の素子を採用しているため、組み立て後のVSWRもほとんど同じ特性となり、使用周波数の違いによる差分を微調整するのみでした。

アンテナ部材の品質

 アンテナに使用されている部品は、数十年の使用に耐えうるよう材料の特徴をよく理解し、過去の教訓や事例を考慮して選定されています。例えば、素子に使用する黄銅板は、切断や曲げなど加工時の残留応力が内部に残っていると時期割れ(図16)の発生リスクが増加するため、加工後の部品すべてに焼鈍徐冷処理を施し、応力を逃がして割れ防止をしています。また、異なる金属が接触する場所では,お互いの間で電位差が生じ、水分を媒体としたイオン交換によって劣化する異種金属接触腐食の発生が懸念されたため、防止策を施すなどアンテナの設計者として積み上げてきたノウハウや経験をすべての部品に活かしています。
 

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図16 黄銅板素子端面の時期割れ

 その他、材料そのものが本来の品質で作られているものなのか、素材の材料証明を入手して確認を実施すると共に、どの材料がどのアンテナに引き当てられたのかというロットトレースも行えるよう徹底した品質管理が行われています。
 さらに、アンテナを構成する部品すべての加工工程においては、日本全国、数十社の優秀な加工協力工場に足を運び、部品の加工精度維持や徹底した品質管理指導を行うことにより、不良部材もなく最高の品質を得ることができたのです。

アンテナの保守

 東京スカイツリーの建設時は、図17のように取り付けリングに2段分のアンテナを固定し、円周方向に6分割した円弧状のユニット(約2.5トン)をタワークレーンでつり上げる方法でアンテナを取り付けました。
 クレーンのフックに掛けたマジックビーム(てんびんの原理でアンテナを水平に移動できる吊り具)を利用し、デッキより奥に位置するゲイン塔側面にユニットを固定し、リフトアップして設置させましたが、クレーンが撤去された現在では、アンテナユニットをつり上げる方法はありません。もし、アンテナの交換が必要になった場合どのように作業するのでしょう?
 地上600m程の高さでメンテナンスデッキから4段積み重なっている一番上のアンテナまでは10m近くあります。安全性を考えると、メンテナンスデッキから梯子を立てることや、大掛かりな足場を組んで作業する訳にもいきません。
 実は、640面もあるアンテナは、すべてゲイン塔の内側に1面ずつ引き抜ける構造になっています。アンテナ取り付けリングの上下間隔は、アンテナの高さ1.5mより広くして、アンテナ固定金具も含め内側に引き込むことができるよう設計し、将来、交換作業が必要になっても安全最優先で作業ができるよう配慮されているのです。

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図17 建設時のアンテナ取り付け作業

むすび

 東京スカイツリーにおけるアンテナ設置時の様子や電気的諸特性について述べました。
今まで、アンテナ内部構造については、自社のノウハウや技術の保持、流出防止の観点から、従来品の構造カットサンプルでの開示のみとしていました。
 開発着手以降、10年以上の歳月が経過し、開発時における経緯や当時の記憶なども薄れてきているので、内部の構造などを開示し、来るデジタル設備更新時期には、さらに地上デジタル放送の技術が向上するための足掛かりになればと考えております。

謝辞

 本稿の執筆にあたり、ご協力いただきました官界ならびに関係各社殿、特に日本放送協会殿、日本テレビ放送網株式会社殿、株式会社テレビ朝日殿、株式会社TBSテレビ殿、株式会社テレビ東京殿、株式会社フジテレビジョン殿、株式会社大林組殿、東武タワースカイツリー株式会社殿各位に深謝いたします。
 また、執筆に際し、エイチ・シー・ネットワークス㈱および㈱加藤電気工業所の関係者の皆さまには、多くのご支援・ご配慮を頂きましたこと心から感謝いたします。
 最後に、本稿が関係各位のご参考になれば幸いであります。

参考文献

(1)川上春夫、田口光雄:"ICT・IoTのためのアンテナ工学",東京電機大学出版局,2019年3月20日.
(2)川上春夫:"地上デジタル放送のアンテナと電波塔",RFワールド,No.49,pp.48-67,CQ出社,2020年2月1日.


出典

兼六館出版株式会社 月刊「放送技術」2021年8月号掲載


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兼六館出版株式会社 月刊「放送技術」2021年8月号掲載

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